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長い夏

 投稿者:アズマッチョ  投稿日:2019年 8月19日(月)19時18分31秒
返信・引用
  ランスの兄様が想像する「夢の共演」は楽しみですね。ワクワクします。

今朝方、歌舞伎小説のプロットを書き上げました。
書こうとした矢先に、母の状態が悪くなって入院。この二ヶ月あまり、ほぼ毎日見舞いへ行くため、思考が散漫になって、なかなかあらすじを書けませんでした。
さらに妹が、しょっちゅう自室へ入ってきて話しかけるため、うおお、考えさせてください、と
ひそかに泣いておりましたが、やっと書けました。
言い訳ばかりですみません。

今作は18から20才ぐらいと成長していくヒロイン(女優)を描いたので、女性としての変化や業の深さも追求せねばならず、その点でも苦しみました。
役者は人一倍我欲が強くないとやっていられない商売なので、
ヒロインも単なる「いい子」では収まりません。
その人格を裡に形成するのは、多重人格状態で考えねばならないので、
妹も大変だったことでしょう。「あ、上の空だ」と。

そんな彼女に母の看病をまかせがちですまないのですが、
彼女はロンドンへの移住を先延ばしにして、母のケアに通い、
至らぬ姉には何くれとなく気をつかってくれます。
本当に頭の下がる思いです。

姉妹でこんなにピッタリと暮らせるのも、限られているかもしれません。
長い夏を感謝しながら、また別のプロット作りへ戻ります。

アズマッチョ 拝


 
 

夢の共演

 投稿者:ランスロット  投稿日:2019年 8月19日(月)09時13分58秒
返信・引用
  書き忘れていました。

今回の『銘木先代萩』、幼君・鶴千代は中村長三郎君、政岡の一子・千松は中村勘太郎君が演じていますが、勘太郎長十郎兄弟といえば、七之助の兄・中村勘九郎さんの息子なので、七之助さの甥。

自身の甥との共演、しかも先代萩での共演ということなので、七之助さん特に力が入ったのではないでしょうか。

あと7~8年後、七之助さんにも男の子ができ(ってまだ結婚もしてないけど)、政岡役も練れてきた頃に、七之助さんの政岡、息子さんの千松でまた銘木先代萩を観たいものです。
銘木先代萩での親子共演、玉三郎様でもというか、玉三郎様にも叶わぬことです。

で、仁木弾正は勘九郎さん(勘三郎になってるかな)、八汐を猿之助さんに演じてもらえれば、キャベツ畑の誓いが成立?!
どうせなら、八汐は玉三郎様、仁木弾正は猿之助さんという手もあるね。

そして、片桐勝元を颯爽・仁左衛門さんに演じて頂ければ、これはもう女房を質に置いてでも(いないけど)一番良い席を確保しなければ!
仁左衛門さん、八汐と片桐勝元の二役を演じたことがあり、私、観ているんだけど、颯爽・片桐勝元ばかりが頭に残り、八汐のほうはあまり憶えていない、というより、八汐は仁左衛門さんほどの名優であっても、似合わない。

床下の場、ちょいとアレンジしてキャベツ畑にするなんてのも、アズさんのような事情通を泣かせる演出・・・、無理があるか。

大和屋・中村屋・澤瀉屋・松嶋屋夢の共演での『銘木先代萩』、どうだっ!

あと7~8年元気で生きる目標ができました。
松嶋屋さんもどうぞお元気で!
 

キャベツ畑の誓い

 投稿者:アズマッチョ  投稿日:2019年 8月16日(金)20時09分5秒
返信・引用
   これは飽くまで内輪ネタですが。

 そのその昔、大昔。
歌舞伎に革命を起こすと息巻いていた猿翁丈が、
軽井沢の合宿所で稽古していた時に、
玉三郎さまと勘三郎さんが、陣中見舞いにやってきたのです。
そして翌朝、彼らは猿翁丈が所有する畑へ軽トラックの荷台に立ち乗りして行きました。
「田舎っていいわねえー」と玉三郎さまおっしゃる。

 猿翁さんと玉様、勘三郎さんの三人は、キャベツ畑で手を握り合って
「歌舞伎界を変えてみせる」と誓い合ったようです。
(飽くまで目撃証言ですので、信憑性にはやや難ありとご判断ください)

 歌舞伎が新しいものを取り込んで、日進月歩していく陰には、
猿翁、玉三郎、勘三郎の三人がキャベツ畑で誓った熱い想いがありました。
(飽くまで主観ですけど)

 そして、飯炊きですが。
反玉三郎勢力が、ご贔屓さんに言って、
かなりの問題になったのでしょう。
歌右衛門さんが、飯炊きを教えるにあたって、
西の某役者さんが色々と方々で焚きつけたのかなあ。
西は、玉三郎さんと仁左衛門さんが一緒に出るだけで、わざと大笑いするような客がいたらしいですからね。

 しかし、世界の玉三郎さまが歌右衛門さんから譲られた芸を、勘三郎さんの遺児七之助さんへ芸をつなぐ。
キャベツ畑の誓いは、脈々とつながっているとは思いませんか?
歌舞伎は古びず進化する、と改めて思わされた猛暑でした。

 アズマッチョ 拝




 

飯炊き

 投稿者:ランスロット  投稿日:2019年 8月16日(金)18時47分20秒
返信・引用 編集済
  銘木先代萩の名場面、飯炊き(ままたき)の場面、随分前のこと、玉三郎様が政岡を演じておられたんですが、幼君の毒殺を怖れた政岡が茶釜で飯炊きをする場面に、文句というかイチャモンが付いたそうです。

その時代にあんな茶釜はない! というイチャモン!

銘木先代萩は、先代ではなく仙台での事件、後に言う伊達騒動が元になっているので、350年ほど前のことだから、その時代の茶釜なんて、そんなに残っていない。

大体が、歌舞伎に時代考証を求めるのがオカシイんで、そんなことを言ったら義経千本桜も仮名手本忠臣蔵も成立しない。

まだ若かった玉三郎さんを妬んだ他の役者が、贔屓を通してそんなイチャモンを付けたのか、他の役者が直接言ったのかは定かではないのですが、そんなイチャモンを付けられるほど、玉三郎様の人気・実力は鰻のぼり、いやいや昇龍のぼりだったのでしょう。

で、玉三郎様はどうしたか?
女形の意地、と言っていいのか、なんと玉三郎様、大枚をはたいてその時代の茶釜を購入して、舞台で使ったんだとか。

玉様 でかしゃった!

その茶釜、絢爛豪華な御殿で使うには古ぼけていて、却って似つかわしくないんですが、そんな女形の意地を知ると、古ぼけた茶釜、金無垢の茶釜よりも輝いて見えます。

で、その高価な茶釜なんですが、今回、七之助さんが使わせて貰っています。
そこまで玉三郎様に期待されたら、七之助さんも奮闘せざるをえない。

飯炊きのシーン、茶釜にも注目してください。

そうそう、私がよく両手を前に出し、左右に振りながら“嬉しい 嬉しい”ってやるんですが、この元ネタは、飯炊きの場面ですので、これにも注目!
って、私の“嬉しい 嬉しい”は、キングとデュークくらいしか知らないか。


玉三郎様の『新版 雪之丞変化』も観に行きますので、和座のくずもち、試させていただきます。
 

でかしゃった2

 投稿者:アズマッチョ  投稿日:2019年 8月16日(金)09時47分54秒
返信・引用
   まずは七之助さんの名演に拍手です。
政岡は歌右衛門さんが、玉三郎さんへ晩年に教えて、
その芸を七之助さんが継いだもの。
芸道とは、実の親子ではなく、先人の芸が受け継がれて、
〝芸の血〟を譲り渡していくものなのと思いますので、
こうやって六代目歌右衛門の芸が引き継がれていくのは嬉しいなあ、と
涙しました。

 ちなみに、八汐役で一番のぶっちぎりは、亡き延若丈かと思われます。菊五郎丈よりも、残忍に尖っていた気がします。
引っ込みの時、大向こうが「鬼婆っ」とチャリがけすると、ニヤッと笑って消えました。
ああ、これぞ役者だなと思わされた舞台でした。

 幸四郎丈は今回、仁木と八汐の二役とのことですが、
それはかなり厳しいですね。
仁木は悪党として大役中の大役です。八汐を掛け持ちするほど集中力が保つ役者は、おそらくいないかと。
仁木だけに集中すればよろしかった気がします。あくまで気ですが。

 話もどって。
七之助さんの政岡は、この猛暑の歌舞伎座を沸き立たせてくださるのでしょう。
歌舞伎もののプロット作成に、大汗かいている私も、
想像するだけで勇気を貰いました。

 なお、これから歌舞伎座へお出かけになる方は、
是非とも地下の売店で売っている「和座」のくずもちを試していただきたい。
新歌舞伎座がブランディングをするために、新たに入れた和菓子屋さんですが、
これが新機軸のくずもちで、先入観を裏切るおいしさです。(詳しくは書きません)
「でかしゃった!」と思わず涙してしまうかも。

今回も書き逃げですみません。

 アズマッチョ 拝



 

でかしゃった

 投稿者:ランスロット  投稿日:2019年 8月15日(木)19時15分9秒
返信・引用 編集済
  パソコンの調子が悪く、七之助さんの『銘木先代萩』の政岡について、一時間近くかけて打ち込んだのに、なんと消えてしまった・・・・・。

さっきほどの熱を入れてもう打てない、打てないけれど、なんとかもう一度。

『銘木先代萩』の政岡と言えば玉三郎様、〇〇と言えば玉三郎様となると、女暫だとか藤娘だとか揚巻だとか、その他にも幾つもありますが、この政岡、〇〇と言えば中の〇〇と言えばの玉三郎様のお役。

その政岡を、玉三郎様に教わったのでしょうが、七之助さんが演じる? まだ早いだろう、と思いながら歌舞伎座へ出かけたのですが、地下鉄を降りて歌舞伎座へ向かうと、壁に等身大かと思える巨大な七之助さんの政岡と幸四郎さんの敵役・仁木弾正のポスターが貼ってあり、その七之助さんの政岡の、美しさと気高さに、ひょっとすると、と思って観たのですが、七之助さんの政岡良かった!

実悪・弾正の妹・八汐に、幼君を庇うあまり、嬲り殺しにされた幼い息子を、一人になってから掻き抱き、“でかしゃった でかしゃった”と褒めながらも、息子を失った哀しさ、嬲り殺しにした八汐への恨み、それを全身で演じていた七之助さん、熱演のあまり、あくまでも私の印象ですが、時々“男”が出ていましたが、それが全く気にならない、場内アチコチからすすり泣く声、声を殺して嗚咽する声が響き、私も少し・・・。

何席か前に座っていた、観光客と思しき白人女性何人かも、イヤホンガイドを付けていないのに泣いていた、七之助さん、台詞では勿論、演技でも泣かせていたということですね。

政岡の息子を懐剣で嬲り殺しにした八汐、後で配役表をみたら幸四郎さんの二役だったのですが、この八汐はイマイチ、なんせ私、これ以上憎憎しい演技は出来ないってくらい憎たらしい、菊五郎さんの八汐観ているもので。

で、幸四郎さんの弾正、終演の時間が迫っているのに、なかなか登場しない、やっと花見のスッポンからドロドロドロと出たかと思ったら、一言も台詞を言わずにそのまま花見を退場、その退場場面、既に引かれた舞台の幕に影を次第に大きく写す、という演出をしていましたが、あれだけ大きなポスターを貼ってあるんだから、幸四郎さんのご贔屓のためにも、もう少し出番が多くても良かったのでは。

さっき打った文章の3分の2位打ったんですが、息が切れた。
百聞は一見に如かず、Seeing is Believing 是非七之助さんの政岡観にいらしてください。

七之助 でかしゃった! 
 

日帰り新幹線

 投稿者:ランスロット  投稿日:2019年 8月13日(火)07時41分25秒
返信・引用 編集済
  大阪へお盆の墓参りに行っていました。

姪達の帰省に合わせ、兄の古希祝いをするということだったのですが、兄は私より2歳上、古希はまだだろうと思ったのですが、祝い事は早めにしてもいいから、ということで姪達が企画、午後12時にニューオータニで会を開催、その前に墓参に行くから午前10時までに兄の家に来て欲しい、ということだったので、私、始発の新幹線チケットを取ったのですが、前日にまさかの古希祝いキャンセルの連絡。

もうお盆休みに入っていたので新たにチケットは取れないので、やむなく午前4時起きで、いつものように出発30分前に品川駅に到着。

大阪は最高気温37度予想だったのですが、ウチの実家は田舎町、それほど暑くは感じず、兄夫婦、長女、そしてその娘達合計6人で墓参り。
それほど暑くは感じないとはいえ姪の娘達はまだ幼く、熱中症になってもいけないので、墓前に居たのはホンノ2~3分、とはいえ父にとって、ひ孫が墓参に来たのは始めてなので、きっと喜んでいたでしょう。

その後、兄嫁、姪、その娘達は近くのファミリーレストランへ、私と兄は老舗河豚屋で冷やヒレ酒で真夏なのにてっさにてっちり(河豚さし、河豚鍋)。
年間300日は河豚を食べていた父の供養でもあります。

私、その夜東京で用があったので、食後そのまま新大阪へ行き、東京行きの新幹線は混んでいなかったので、シコタマお土産を買って、自由席で帰りました。

それにしても新幹線早くなったねえ。
東京ー新大阪2時間20分、昔は確か3時間10分かかったように思うんだけど、これなら私のような高齢者も、東京ー大阪日帰り無理なくできます。
リニア新幹線必要なくない?

お墓参り行けない方、行かない方は何処にお墓があっても、西に向かってホンノ1秒でもいいんで手を合わせてください。

どうぞ水の事故、熱中症に気を付けて連休を楽しんでくださいね。
 

紫蘇

 投稿者:ランスロット  投稿日:2019年 8月 9日(金)08時25分52秒
返信・引用
  しそ、漢字で書くと紫蘇。

昔々、多分紀元前、中国に名前は忘れたのですが名医が居て、蟹を食べて食中毒を起こし、顔だけではなく身体中紫色になって瀕死の様態で運び込まれた男に、その頃はまだ名前もなかった植物の葉を潰してだか煎じてだかして飲ませたところ、紫色だったその男は普通の体色に戻り、蘇生したんだそうです。

それ以来、この“紫”色になった瀕死の男を“蘇生”させた名も無い草は“紫蘇”と呼ばれることになった。
これ、ホントの話らしいです。

まあ作り話だとしても、紫蘇にはそれだけの薬効、そして生命力があるってことですね。

私も、花屋で何十円かで買った小さな鉢植えの紫蘇を、大きなプランターに植え替え、大きくなったところで、蕎麦の薬味として食べたことが何度かあるのですが、花屋産まれの紫蘇って固くて繊毛が多く、生だとどうも喉に引っかかる。

紫蘇は種から育てる、または種から育ったものを植え替えなければ、柔らかくて美味しい紫蘇は食べられないのか? 私の育て方が悪いのか?
でも、固くて繊毛ありありの紫蘇のほうが、パワーありありって気がしますよね。

この猛暑、どうぞ紫蘇パワーで乗り切ってくださいね。
 

もらい物

 投稿者:アズマッチョ  投稿日:2019年 8月 9日(金)05時02分17秒
返信・引用 編集済
   テロのニュースを見聞きするたびに、胸の奥が抉られる気がします。
 京都アニメーションの放火事件につづき、アメリカで二つの銃乱射事件と、
ニュースショーを見るのが恐ろしくなってきました。
と、某政治家とフリーのキャスター(???タレントでしょう)の結婚会見で、
なぜかテレビ局は浮かれています。
浮かれないとやっていられない空気なのでしょうか。
 おめでたい報道は楽しいけれども、なんだか政治家たちが都合の悪いことを隠すために、
わざとニュースにしている気がするのは、テレビの裏知ってる人間の厭な習性なのかしら?

 朝のウォーキングをしていると、いろいろな出会いがあります。
地域猫の保護をしてらっしゃる方と知り合って、先日、彼女の庭から青じそをいただきました。
それも根っこがついたまま。
「植えたら、簡単に増えるから……」
植えるって? 植えるの???
 しかし、いただいた好意は無碍にはできません。
 早速プランターと土を買い、植えてみました。
茶色い指を持つ女(植物を育てても枯らすの意味)だと自覚していたのですが、青じその生命力にはかないません。わさわさ育つ!切っても切ってもまた生える!!!
 わー、今年の夏は蕎麦にも素麺にも、自家製の青じそがふんだんに使えるなあ。
 そして、ついでに万能ネギとコリアンダーも植えてみました。
 コリアンダーは暑さで全滅してしまいましたが、万能ネギは元気に育っています。
 わー、自家栽培のネギでうどん食べるなんて、生まれて初めての経験です。
(夏休みの小学生ならば絵日記に書いているところかな)

 早起きは三文の得と言いますが、ひょんなきっかけから小さな、いやいや大きな喜びを貰うのですね。

 ただ、青じそをくださった方は、この一年で保護していた地域猫を二匹、心ない者に無惨に撲殺されてしまって、このテロに対して私が出来るのは一緒に泣くことだけでした。
 猫を撲殺した犯人は、保護者の方も、そして私も様々な状況証拠からほぼ特定できているのですが、犯行の現場を見ていないので追求できません。
 自分の無力が哀しくて、泣くしかなくて……そうしたら猫の保護者さんが、白い百合を庭から切ってきてくれました。
「あの子たちのお墓に、月命日に持っていくの」
 ありがたく貰って帰りました。

 哀しみを分かち合うことで、少しでも彼女が楽になればいいと思います。思うしかできませんが。うっ、私は無力だ。
 そして、大切なEl Pasoの思い出をありえない悲劇で上書きされたランスの兄様にも、いたらぬながら心を寄せました。
 罪を憎んで人を憎まずといいますが、この辛い事件で傷つけられた多くの人が、憎しみではなく真の愛と赦しをもって結びつきますよう願います。
 テロの本当の怖さは、憎しみの連鎖ですから。

 アズマッチョ 拝



 

El Paso

 投稿者:ランスロット  投稿日:2019年 8月 6日(火)10時15分15秒
返信・引用
  子供の頃からエル パソへ行ってみたいと思っていました。

50何年か前の大ヒットテレビ西部劇『ローハイド』(クリント・イーストウッドさんのメジャーデビュー作?)、その主題歌♪ ロ~レン ロ~レン ロ~レン ♪ のレコード、どういうわけかウチにあり、どういうわけかと言えば、まだ電気冷蔵庫もなかった長屋暮らしなのに、どういうわけか“ステレオ”、今で言うオーディオセットがありました、レコードもステレオも買ったのかなあ、それはともかく、そのレコードのB面が『エル パソ』でした。

ウエスタン映画もウエスタンテレビドラマも当時流行りだったので、ウエスタンミュージックには馴染みがあったのですが、この『エル パソ』、メキシコの楽器を使ったマリアッチ風のウエスタンミュージックで目新しく、というか耳新しく、出だしのメキシコギター(楽器名知らない)が奏でるワルツ、今でも口ギターで奏でられる。

歌詞は勿論わからなかったんですが、長閑(のどか)長閑な国境の田舎町が頭に浮かび、何度も聞いているうちに、エル パソのイメージができてしまい、行ったことがあるような気になっていました。

それから15年ほどして、アメリカを車で東西横断していて、テキサス州を出るか出ないかって所まで来ると、道路標識に『El Paso』と出たので、一人大興奮、迷わず標識が示すほうにハンドルを切りました。

El Paso 私が子供の頃作り上げていたイメージよりも更に田舎町、ダウンタウンでも大きな建物なかった。
テキサスの砂漠の中にある街だから、暑いだろうと思ったら、日が陰るとグンと気温が下がり寒いくらいだったので、街中で一番大きなお店ウォルマートで厚手の白いセーターを買い、何十年もデレッツデレになるまで着ていました。

El Paso 何にも無い、アメリカ領内なのにメキシカンばかりの田舎町だったけど、曲通りの長閑さ、満足満足でメキシカンレストランでタコスとエンチラーダを食べ、街を出ました。

そのEl Paso で無差別銃撃があり20人もの方が亡くなった・・・・・。

しかもその現場は私が長年愛用していたセーターを買った、場所は変わったかもしれないけれど、ウォルマート、もう私の思い出の中のEl Paso は無くなってしまいました。

もうこんなこと起こって欲しくないと思っていたら、同日、アイオワ州でも無差別銃撃が。
エルパソもアイオワも、そんなことが起こるなんて思えない地域。
アメリカではもう安全な地域は無くなってしまったのかもしれない。

とはいえ、銃を持つことは、アメリカ合衆国憲法で保障された権利。
外国人が他国の憲法についてどうこう言うべきではない、どうこう言うべきではないけれど、なんとか、なんとか出来ないものでしょうか。
 

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