「曹真を破った諸葛亮は馬謖を街亭の守備に任命し、魏の援軍に備えさせた。街亭は戦略上の要衝で、ここを奪還されると祁山を境に蜀軍は分断されて各個撃破されてしまう危険性があり、死守しなければ撤退せざるを得なくなってしまう重要な拠点であった。諸葛亮は山道を死守して決して山頂へ布陣しないよう馬謖へ言い聞かせていたが、馬謖は命令に背き、水路を捨て山に登って陣を構えるよう兵に指示した。王平は何度も諌めたが、馬謖は聞かず山上に陣を構えた。」(馬謖 - Wikipedia http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%A6%AC%E8%AC%96より抜粋)